「母べえ」私の宝物…吉永小百合インタビュー

映画「母＜かあ＞べえ」（監督・山田洋次、２６日公開）に主演する吉永小百合（６２）が、スポーツ報知のインタビューに応じた。芸能活動を始めて５０年。１１２本目となる映画出演作は「ベルリン国際映画祭」（２月７日開幕）のコンペ部門にも出品が決まり、吉永の代表作との呼び声も高い。完成に至るまでの撮影秘話、共演者への思い、律することをいとわない生活ぶりを聞くと、半世紀にわたって第一線を走り続けてきたその理由が見えてきた。

　吉永は冬になると、この世界に入った時を思い出す。１１歳。ラジオドラマ「赤胴鈴之助」の剣客千葉周作の娘さゆり役だった。「私の原点ですからね。本当に早いって言うか。さまざまな幸運が重なってこんなに５０年もやってこれたんだと思います」

　「母べえ」では、治安維持法違反で投獄された“父べえ”（坂東三津五郎）の帰りを待ちながら娘２人（志田未来、佐藤未来）を懸命に育てる母を演じた。ふだんよりも自分を役に追い込んだ。「治安維持法小史」の読破に始まり減量も。負担からせきが止まらず、医者に栄養失調と言われた。「食事をいっぺんに減らし過ぎて、本当に戦時中の栄養不足になっちゃって」

　２人の「娘」の“母べえ”でいたいと思い、撮影が終わると別れが惜しかった。「誘って品川の水族館に行ったんです。ひたすら魚を見て騒いで喜んで。中華も食べて。上の子（志田）は少し内気だけどシンが強い。食べ物の好き嫌いが激しいのが心配。下の子（佐藤）はおちゃめでおませ。これからも『母べえ』の関係で。『吉永さん』なんて呼ばないでほしい」

　山田監督から出演依頼の手紙が届いたのが一昨年の終戦記念日翌日。吉永が生まれたのは終戦の年、約１０万人の死者を出した東京大空襲（３月１０日）の３日後だ。防空壕のような所で産声を上げた我が子に、母・和枝さんは「戰ひの最中（さなか）に生（あ）れて白百合の崇（たか）き気ほひを持ちて生き抜け」と詠んだ。激動の時代に生を受けただけに、命の尊さを自問自答してきた人生だった。

　「使命とまではいかないけれど、確かに運命的な巡り合わせは感じましたね」。悪法の下“父べえ”は、家族が犠牲になるのを知りながら、戦争を疑問視し続けた。「それが夫の誇り。生きることはどれだけの誇りを持てるか。あの時代、それがどれだけ大変だったか。山田監督の思いに応えたい一心でした」

　私生活で吉永はテレビマンだった岡田太郎さんと結婚して３４年になる。「家では無防備です。夫はある時は子供、息子、父親、友達のような存在。何か起これば助け合える共同体。それが無理なら別れた方がいい。よく空気のような存在って言うでしょ？　最初は空気じゃなかった。それが言葉を交わさなくても相手の望みが分かるようになってきた。これが空気？と思えるようになりましたね」

　昨年末、あるテレビ番組にくぎ付けになった。「野球戦力外通告　クビを宣告された男達」（ＴＢＳ系）だった。「そろそろ眠ろうと片づけ物しながら見ていたら一気に引き込まれて。どうしても野球やりたいのに３０歳くらいで通告されて。何とかならないのか、かわいそうで」。同時に主演作「映画女優」（８５年市川崑監督）で演じた田中絹代のセリフを思い出した。『つくづく思ったよ。相撲かなにかの勝負の世界なら、勝った負けたがはっきりしていて、負け続けたら引退って道があるけど、役者は負けたのか勝ったのかはっきりしないから、一生引退は出来ないねえ―』（付き人に本音を語るシーンで）

　「私の仕事には勝敗や結果が数字に出ないファジーな分、恵まれているのかもしれない。この恵まれた状況をしっかり自覚しないと。えらい目に遭う」と肝に銘じた。１１２本目の今作を吉永は「私の宝物」と迷わず言い、ベルリン映画祭での監督胴上げ宣言も。これほど前向きになれるのも、悔いなく演じ切ったからだろう。

　◆吉永　小百合（よしなが・さゆり）１９４５年３月１３日、東京都生まれ。６２歳。早大第二文学部卒。児童合唱団に入り５７年「赤銅鈴之助」（ＴＢＳラジオ）で芸能界デビュー。主演映画「キューポラのある街」（６２年）の純情な娘役が好評でこの時から熱狂的ファンをサユリストと呼ぶようになる。７３年テレビプロデューサーだった岡田太郎氏と結婚。代表作は「動乱」「青春の門」「細雪」「天国の駅」「映画女優」「華の乱」「長崎ぶらぶら節」など。原爆詩の朗読をライフワークとしている。

参照元：スポーツ報知